東京高等裁判所 昭和59年(う)1067号 判決
弁護人らは,医師向田政博作成の鑑定書と同人の原審公判廷における供述について,(1)被害者の死体にみられるトルコ鞍部の骨折についてその発生原因や右骨折と被害者の死亡の関係にふれられていないこと,(2)窒息死の場合には胸腹腔の臓器にうっ血,溢血が見られる筈であるのに,被害者の死体の肺にはうっ血,溢血があったとの記述がないこと,(3)窒息死の場合には眼の結膜にも少くとも数個の溢血点が認められる筈であるのに,この点の記述もないこと,(4)窒息死の場合,血液は流動的で決して凝固しない筈であるのに,被害者の死体の心臓,右腎に軟凝血があるとされていること,(5)絞頸による窒息死の場合,頸部の圧迫を証明する方法として圧痕反応や弾力繊維の配列を調べる方法があるのに,これらの検査方法がとられていないこと,(6)被害者の左側頸部の耳介の下方などに索条による出血を思わせるような赤褐色の変色部分があるというのであるが,前頸部の皮下には限局性の血色素浸潤はないとされていることなどからすれば,被害者が絞頸による窒息死ではないとみるべきであるのに,被害者の死体の解剖所見について絞頸による窒息死と考えて矛盾はないとしている右鑑定結果はただちに信用できないものであると主張する。
まず,(1)の点についていえば,被害者の死体のトルコ鞍部に骨折がみられることは所論指摘のとおりであるが,原審証人向田政博は,所論の点も含めて,頭部の骨折について,頭蓋骨骨折だけで死亡するということはまずないし,それに伴う,強い出血を伴うような,あるいは,それを示すような所見,すなわち,脳に死にいたるような,出血,脳浮腫もなかった旨供述しているのであり,これによれば所論指摘のトルコ鞍部の骨折またはそれに伴う脳の損傷により被害者が死亡した可能性は明確に否定されているところというべきであり,所論は採用できない。また,(2)ないし(5)についていえば,被害者の死体が解剖されたのは,被害者の死亡後20日以上も経過した時点であり,その間被害者の死体が海中に投棄されていたこともあり,腐乱等の死後変化が著しいものであったことは右鑑定書,司法警察員作成の昭和58年4月30日付実況見分調書及び司法警察員作成の解剖立会報告書に照して明らかであるから,所論指摘のような窒息死に特有な所見が被害者の死体に明確に認められなかったことや所論指摘のような検査方法がとられなかったことは何ら異とするに足りないところといわなければならない。(6)についていえば,医師向田政博の原審証言によれば,絞頸による窒息死の場合においても,ずれの力が生じないときには比較的索溝はできにくく,また,索溝が生じても,死後変化が進むと索溝やそれに伴ううっ血は不明瞭になるというのであり,本件の場合,被告人の前記自白によれば,被害者は両手両足を制縛された状態で仰向けに横たわっているところをベルトでやや吊るような形で絞頸されているのであるから,ずれの力が働くことは考えられず,また,ベルトの圧力は主に後頸部にかかり,前頸部にはあまりかからなかったものと考えられるのであるから,被害者の前頸部に索溝が明瞭に認められなかったことは,被害者の死因が絞頸による窒息死と考えても矛盾はないとする同人の証言と何ら齟齬するものではないことは明らかである。要するに,被害者の死体には,積極的に被害者の死因が絞頸による窒息死であると断定あるいは推認する所見は見出しえないけれども,被害者の死体の頭部その他に死因となりうるような内因性,外因性の異常は認められず,また,失血による死亡でもなく,絞頸による窒息死と考えても解剖所見とは矛盾しない旨の医師向田政博作成の右鑑定書と同人の原審公判廷における証言は,被害者の死体の解剖所見に対比して不合理な点はいささかもなく,十分に信用できるものといわざるをえない。弁護人らの右主張もまた採用できない。